Friday, March 31, 2006

医師を輸入する国

 Hospital Doctor(医師向けの無料情報新聞)1月26日号に、外国人医師へのキャリア・アドバイスの欄があり、2004年時点で、NHSに勤める医師の31%がEU以外の外国人だと書いてあった。NHS全体でこの数字だが、ロンドンではその割合はもっと高い印象がある。この1年間で私が仕事をしたチーム5つを見てみても、コンサルタント3人は、アジア系イギリス人 、アイルランド人、ドイツ人、研修医11人のうち、ガーナ人、ナイジェリア人、インド人(3人)、ギリシャ人、キプロス人、チェコ人、白人のイギリス人、白人の南アフリカ人(2人)、と多彩であった。

 この31%という数字はどこからくるのだろうと漠然と考えていた折、日医総研の森宏一郎氏の「医師を輸入するイギリス」というレポートを興味深く読んだ。

 このレポートは2002年10月に書かれているのだが、イギリス厚生省(Department of Health, DoH)の1999年度の統計に基づき、「外国人医師が推定3割」としている。森氏自身がレポートの中で述べておられるように、DoHは「人種(ethnicity)」別のデータしか提供しておらず、必ずしも「出身国」を反映していない。

 「出身国」についてもう少しデータはないものかと思い、少し調べてみた。

 まず「外国出身」の医師の定義であるが、これが一筋縄ではいかない。移民にたいして同化政策を排してきたイギリスでは、移民の二世・三世であっても、「イギリス人」と名乗らず、両親の出身国を名乗る人がいる。(これは、二重国籍が認められているためでもあると思う。)おまけに、国勢調査で用いられる選択肢は、国籍という概念が排除され、 White or White British, Black or Black British, Asian or Asian British, Mixedなどから選ぶようになっている。Mixed raceの割合も多い。したがって、人種から出身国を正確に割り出すのは、まったくもって不可能である。

 おそらく出身国をもっとも正確に反映しているのは、「資格をとった国/地域」であろう。外国で資格を取った医師は、Overseas qualified doctors、または、International Medical Graduates(IMGs)と呼ばれる。イギリス人が国外で資格を取りIMGsとなることもあるし、また反対に、外国人がイギリスの医師資格を取る場合ももちろんあるが、少数派であろう。ただし、「国内」と言った時にイギリスだけを指すのか、EEA/EUの国も含まれるのかをはっきりさせる必要がある。医師の資格に関しては、EEA内で取った資格であれば、自動的に英国の資格と同等と見なされ、区別されない場合もあるからである。

 さて、DoHの2004年9月の調査の数値を少しいじってみた。イングランドのHospital(GPやCommunity Mental Health Serviceを含むNHSトラストを指していると思われる。)に2004年9月30日時点で勤務する医師81,184人のうち、イギリスで医師資格を取ったのが63.1%、EEA(新EU加盟国10カ国とスイスを含む)で資格を取った医師が5.8%、それ以外の国で資格を取った医師が31.1%となっている。森氏のレポートの1999年度のデータでは、イギリスとEEA(拡大前)以外の出身者の割合が26.5%だから、5年間で5%弱増えていることになる。

 人種の内訳を見てみよう。81,184人中、72,770人(89.6%)が、2001年の国勢調査に使われた人種の分類法を使っており、残りの8,414人(10.4%)が1991年分類を使っているので、前者のデータだけを使う。

 グラフからわかるように、国外で資格を取った医師のうち、半数以上がアジア系(南アジア地域、すなわち、インド、パキスタン、バングラディッシュを指す。)である。注目すべきは、国内で資格を取った医師の中にもかなりの割合でアジア系がいることである。ちなみに、アジア系医師20,083人のうち、26.3%の医師が国内組で、残りの73.7%が国外組であった。黒人の医師は、国内全体の医師のうち1.2% しかおらず、やはり国外からの医師中に占める割合が高い。この多くはアフリカ人だと思われる。

 森氏のレポートでは、アジア系の割合が高いことを外国人医師が多いことの傍証に使っているが、上記からもわかるように、それは必ずしも正確ではない。実際、いまや医学生のmajorityは、アジア系イギリス人である。SLaMでは、Guy's, King's & St Thomas' Medical Schoolの3年生が精神科を回っているが、グループにアジア系の学生のいないところはないと言っても過言ではない。これは、アジア系の家庭は教育熱心で、子どもに資格を取れる職業に就くことを期待することを反映しているためだと言われている。

 もうひとつ、General Medical Council(GMC)に新しく登録した医師数の変化をみると、最近の動向がわかる。GMCの2004/5年の年次報告によると、2004年に新しく登録した医師12,760人のうち、英国出身者は全体の37%に過ぎず、44%は国外で資格を取った医師なのである。また、2004年のEU拡大に伴い、EEA出身の医師の登録数がぐんと上昇した。

 それでは、どのようにしてイギリスは医師を「輸入」しているのだろう。旧植民地の国では、初等教育から高等教育まで、母国語ではなく英語でおこなっているところが多い。したがって、それらの国の出身者は、英語で仕事をすることにまったく問題がない。イギリスの労働市場も、外国人に対して門戸を開放しており、これは、医師登録についても例外ではない。一定水準に達していて、英語の試験International English Language Testing System (IELTS)やProfessional and Linguistic Assessment Board (PLAB)にパスすれば、GMCに登録し、医師として仕事ができる。さらに、移民法が医師を「輸入」するために有利にできている。労働査証をとるのには、その人の専門分野が「shortage occupation list(人が足りない職業分野のリスト)」である場合、ひじょうに有利になるのだが、多くのGPやコンサルタントの分野がHealthcare Shortage Occupationsのリストに載っている。また、高度技術者移住プログラム(Highly Skilled Migrant Programme, HSMP)では、その人の資格や技術の水準によって点数が決まっていて、65点以上を取ると査証がもらえる仕組みになっている。GPの資格とこれまでの職歴があれば、ほぼ自動的に必要なポイントを取得できるようにできていて、仕事の当てがなくても、入国してから仕事を探すことが可能である。ほかにも、研修医は通常の労働査証を必ずしも取らなくてもいいし、英語の試験やClinical Attachment(医療・研修システムに慣れるための、研修前の見学)を目的に入国する医師の場合、査証なしにヴィジターとして一定期間滞在できるようになっている。

 次に、イギリスに来る側の事情もある。門戸が開放されており、条件のいいポストがあれば、募集に応じる人間が出るのは当然である。たとえば、90年代のイギリスの医療システムがお粗末だったとはいえ、これはサービスがうまく機能していなかっただけで、医療そのものや医師の卒後研修の水準は高かった。また、給与水準も、アメリカやドイツ、フランスよりは低かったとはいえ、いくつかのヨーロッパの国や、南アジア、アフリカ諸国よりもずっと高かった。当時、スペインやイタリア、ギリシャでは、医学部卒業者の数が医師のポストの数を大幅に上回り、医学部を卒業しても医師としての研修ができないという状況であった。インドやアフリカでは、医療レベルの地域格差が大きく、きちんとした研修ポストは少なく、それを得るのは至難の業だった。彼らにとって、イギリスに来て、研修をし、専門医の資格を取るほうが、母国で研修先を探すよりもずっと手っ取り早く、経済的にも楽なのである。南欧の医者の流入に続いて、インドやアフリカから、そして最近では東欧からの医師がイギリスに入ってきている。

 この傾向は今後も強まるのであろうか。おそらく、アジア系の医師がイギリス人口に占めるアジア系人口の比率よりも高い状況は変わらない、あるいはさらに増加する可能性はある。東欧からの医師の割合は、引き続き増えるであろう。しかし、それ以外の国で資格を取った医師の割合が今の調子で増加していくことはないと予想される。

 理由のひとつには、イギリス内の医学部の学生の増加がある。DoHの報告書"Medical schools: delivering the doctors of the future"によると、1997年、医師不足の解消のために、政府はイングランドで医学部の定員数を2005年に一学年の定員を57%増やす計画を立てた。既存の医学部の定員を増やし、医学部を4つ新設した。予定よりも2年も早く、2003年秋には、予定の5,894名を超える、6,030人が医学部に入学した。 また、インドやアフリカからの研修医予備軍を多数受け入れたために、今度は研修医のポストが足りなくなってきた。とくに都市部でその傾向が強く、ロンドンではSHO(Senior House Officer、初期研修医)のポストの倍率が15倍にも上るという。

 さらに、研修システムの改革もおこなわれ、2005年8月から、Foundation Year(卒後、いくつかの科をローテーションする基本研修。)が1年から2年に延長された。そのため、より多くの研修施設が必要になるが、卒業予定数に対して、研修ポストや施設が追いつかず、今後、医学部を卒業しても職に就けない人が出てくるのではないかと言われている。

 これらを受けて、内務省は、今年の4月3日に発効する移民法では、研修目的に入国する医師に対して、Foundation Programmeに参加する場合を除き、これまでのような査証免除の特別待遇は与えないことにした。

 医師の数が増え、イギリス国民が、必要な時に、遅延なく医師の診察を受けられるようになるのは素晴らしいことであるが、読みの甘い政府が、自分たちに都合のいいように、移民法を使って外国人医師で医師数を調節するようなことをするのは、振り回される側にとってはいい迷惑で、気の毒なことだと思う。

 もっとも、研修目的で渡英したインド人やアフリカ人の医師の中には、研修を終え、専門医の資格を取ったら自国へ戻り、プライベートで開業する計画を立てている人も多いと聞く。つまり、イギリスの研修システムの人的・金銭的・設備的資源のおいしいとこどりをするわけである。

 政府と外国人医師。どっちもどっちと言えないこともない。

 私の場合は、日本で研修を受け、資格を取ってからイギリスに来て、コンサルタントとして仕事をしている。つまり、イギリス政府にしてみれば、医学部6年間とその後8年分の研修期間のコストを節約できたわけである。私の教育・研修コストを負担してくれた日本の納税者に申し訳なく思う。反面、イギリス政府にはちょっとは感謝してもらいたいものである。

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